森山茂和(もりやま しげかず)wiki|日本プロ麻雀連盟第3代会長・手役アーティストの麻雀人生

手役アーティスト」——この異名が象徴するとおり、森山茂和(もりやま しげかず)は美しい手役による高打点のアガリで麻雀ファンを魅了し続けるプロ雀士です。1951年11月6日、山口県小野田市(現:山陽小野田市)生まれ。専修大学在学中に麻雀と出会い、25歳で上京してプロの道を志し、1981年に故・小島武夫氏らが立ち上げた日本プロ麻雀連盟に創設時から参加しました。同年に第9期王位を獲得してプロとしてのキャリアをスタートさせ、第12期麻雀最強戦優勝(2000年)をはじめ多数のタイトルを獲得。三色同順・一気通貫・チンイツなど、しっかりと作り上げられた華やかな役を好む雀風は、初代会長・小島武夫氏の「魅せる麻雀」の影響を受けたものとして知られています。2013年、長きに亘って会長を務めた灘麻太郎氏の後任として日本プロ麻雀連盟第3代会長に就任。「麻雀プロが食える世界」を目指し、新タイトル戦として麻雀マスターズやプロクイーン決定戦を企画し、ファン層拡大のために麻雀対局配信にも力を注いできました。北海道から九州まで全国12か所に支部を構え、約900人が所属する日本最大のプロ麻雀団体のトップとして、麻雀界の発展をリードし続ける森山茂和会長——その麻雀人生と貢献を、初心者にもわかりやすく紹介します。

プロフィール

本名森山 茂和(もりやま しげかず)
生年月日1951年11月6日
年齢74歳(2026年3月現在)
出身地山口県小野田市(現:山陽小野田市)
所属団体日本プロ麻雀連盟(JPML)
段位九段
Mリーグ非参加(会長職のため選手として不参加)
通称・異名手役アーティスト、闘将
雀風高打点の手役狙い・魅せる麻雀(三色・一気通貫・チンイツ好み)
主な役職日本プロ麻雀連盟 第3代会長(2013年〜)、有限会社麻雀ネットワークサービス運営責任者
主なタイトル第9期王位(1981年)、第12期麻雀最強戦優勝(2000年)、MONDO麻雀プロリーグ第17回名人戦など
主な著作「森山茂和の麻雀 キミも勝ち組になれる」「麻雀 プロはこう読む」など

経歴:山口から麻雀プロへの道

山口県での生い立ちと麻雀との出会い

森山茂和氏は1951年11月6日、山口県小野田市(現:山陽小野田市)に生まれました。実家は玩具店を営んでおり、大学卒業後は一時期、家業を手伝うこともあったそうです。麻雀との出会いは専修大学進学後の18歳のとき。大学生活の中で麻雀の面白さに魅了され、この時期に麻雀の虜となったことが、後のプロ雀士人生の出発点となりました。

25歳での上京とプロへの道

大学卒業後、森山氏は実家に戻り家業の玩具店を手伝いました。しかし麻雀への情熱は冷めることなく、「麻雀プロを職業にしたい」という夢を追い続けました。1977年、25歳のときに麻雀プロになるべく上京を決意。この決断が森山氏の人生を大きく変えることになります。

小島武夫との出会いと日本プロ麻雀連盟設立

上京後、森山氏は「ミスター麻雀」こと小島武夫氏と出会います。この出会いが森山氏のプロ雀士としてのキャリアを決定づけました。1981年、小島武夫氏らが日本プロ麻雀連盟(JPML)を立ち上げると、森山氏は創設時から参加。同年、第9期王位を獲得し、プロ雀士としての輝かしいスタートを切りました。

小島武夫氏の「魅せる麻雀」という哲学に深く影響を受けた森山氏は、高打点の手役を狙う華やかなスタイルを確立していきます。この影響は後に「手役アーティスト」という異名に結実することになります。

プロ雀士としての活躍

1981年の王位獲得以降、森山氏は多数のタイトルを獲得し続けました。2000年には第12期麻雀最強戦で優勝、MONDO21杯やMONDO麻雀プロリーグ第17回名人戦、天空麻雀(第3・6・7・12・13・16回)など、数々のタイトルを手にしました。プロ雀士として長年にわたって第一線で活躍し続ける実力は、多くの関係者から高く評価されています。

第3代会長への就任(2013年)

2013年、長きに亘って日本プロ麻雀連盟会長を務めた灘麻太郎氏の後任として、森山氏が第3代会長に就任しました。初代会長・小島武夫氏、第2代会長・灘麻太郎氏に続く連盟のトップとして、麻雀界の発展をリードする立場となりました。

主な経歴年表

  • 1951年:山口県小野田市(現:山陽小野田市)に生まれる
  • 1969年頃:18歳で専修大学に進学、麻雀と出会う
  • 1973年頃:23歳、近代麻雀の麻雀論文募集に応募
  • 1973年頃:大学卒業後、実家の玩具店を手伝う
  • 1977年:25歳で麻雀プロを目指して上京
  • 1981年:日本プロ麻雀連盟創設に参加、第9期王位を獲得
  • 2000年:第12期麻雀最強戦優勝
  • 2013年:日本プロ麻雀連盟第3代会長に就任
  • 2013年〜現在:会長として麻雀界の発展に尽力

雀風・麻雀スタイル(初心者向け解説)

一言で言うと「手役アーティスト・高打点狙いの魅せる麻雀」

森山茂和氏の麻雀スタイルは、「手役アーティスト」の異名が示すとおり、しっかりと作り上げられた美しい手役による高打点のアガリを追求するものです。三色同順・一気通貫・清一色(チンイツ)など打点の高い役を好み、観る人を楽しませる華やかな麻雀を展開します。初代会長・小島武夫氏の「魅せる麻雀」という哲学を受け継ぎ、効率重視のデジタル麻雀とは一線を画す、迫力と美しさを兼ね備えたプレースタイルとして知られています。

【初心者向け】森山茂和氏の麻雀のスゴいところ5選

  1. 「手役アーティスト」という美学
    森山氏は単なる勝利だけでなく、「どう勝つか」にこだわるプロ雀士です。しっかりと作り上げられた美しい手役でアガることを重視し、観る人を魅了する麻雀を追求しています。この美学は初代会長・小島武夫氏の「魅せる麻雀」を受け継ぐものであり、現代のMリーグにも通じるエンターテインメント性の源流となっています。
  2. 高打点への執着
    「三色同順」「一気通貫」「チンイツ(清一色)」「ホンイツ(混一色)」といった高打点の手役を積極的に狙うスタイルが特徴です。効率を多少犠牲にしても、完成したときの破壊力が抜群の大物手を目指す姿勢は、森山氏らしさの象徴です。高打点での和了りには、観客を沸かせる圧倒的な迫力があります。
  3. 会長とプレイヤーの二刀流
    2013年に日本プロ麻雀連盟第3代会長に就任後も、プロ雀士として麻雀を打ち続けています。会長職の多忙な業務と並行して現役プロとしてプレーし続ける姿勢は、麻雀への純粋な情熱を示すものです。AI全盛の時代にあっても「AIにはできない味のある切り方ができてこそプロ雀士」と語る姿勢に、プロとしての矜持が表れています。
  4. 「闘将」としての強気な打ち筋
    「手役アーティスト」とともに「闘将」という異名も持つ森山氏は、強気な攻めの姿勢でも知られています。高打点を狙う際の決め打ち、強打と呼ばれる勢いのある打牌など、攻撃的なスタイルが特徴です。この強気な姿勢が、多くのタイトル獲得につながったとされています。
  5. 後進育成への情熱
    近代麻雀オリジナル誌で「魁!!森山塾」というコーナーを担当し、後進の育成に力を注いでいます。「今の新人は100半荘さえ打たないらしい。強くなれるはずない」と語るなど、実戦経験の重要性を説き続けており、次世代のプロ雀士育成に対する熱意が伺えます。

小島武夫氏からの影響

森山氏の雀風は、初代会長・小島武夫氏から強い影響を受けています。小島氏が体現した「誰が見ても納得するような麻雀」「観る人を楽しませる麻雀」という哲学を受け継ぎ、森山氏もまた華やかで迫力のある手役を好むスタイルを確立しました。この系譜は日本プロ麻雀連盟の伝統として受け継がれています。

技術面での特徴

高打点の手役を狙うスタイルは、現代の効率重視の麻雀から見れば「非効率」と見なされることもあります。しかし、森山氏のスタイルには「決め打ちの強さ」があり、一度方針を定めたら迷わず突き進む精神力が武器となります。また、長年の実戦経験から培われた場の読み・相手の牌の読みも高く評価されており、「麻雀 プロはこう読む」という著作にもその技術が凝縮されています。

AI時代のプロ雀士論

AI麻雀が台頭する現代にあって、森山氏は「AIにできない味のある切り方ができてこそプロ雀士」と語っています。数理的な最善手だけでなく、人間らしい読み・駆け引き・エンターテインメント性を重視する姿勢は、プロ雀士の存在意義を改めて問いかけるものです。

タイトル歴と主な実績

主なタイトル

  • 第9期王位(1981年):日本プロ麻雀連盟参加と同年にタイトルを獲得、プロとしての輝かしいスタート
  • 第12期麻雀最強戦優勝(2000年):連盟を代表する主要タイトルのひとつ
  • 第6回MONDO21杯:MONDO TVでの活躍を示すタイトル
  • MONDO麻雀プロリーグ第17回名人戦:テレビ対局での実力を証明
  • 第3・6・7・12・13・16回天空麻雀:計6回の優勝という安定した強さ

長年にわたる安定した実績

森山氏のタイトル歴で特筆すべきは、その継続性です。1981年の王位獲得から2000年の麻雀最強戦優勝まで約20年間にわたって主要タイトルを獲得し続けており、天空麻雀では計6回の優勝を記録しています。一発の爆発力だけでなく、長期間にわたって高い競技力を維持し続ける安定感が、森山氏の真骨頂と言えるでしょう。

テレビ対局での活躍

MONDO TVなどのテレビ対局でも長年活躍し、MONDO21杯やMONDO麻雀プロリーグ名人戦でのタイトル獲得は、テレビを通じて多くのファンに森山氏の雀風を届けました。「手役アーティスト」としての美しい麻雀は、テレビ対局で特に映えるスタイルであり、視聴者を魅了し続けています。

会長就任後の活動

2013年に会長就任後は、会長職の多忙な業務のため、プロ雀士としての対局機会は以前より減少したとされています。鳳凰位戦(日本プロ麻雀連盟最高位タイトル)などの主要タイトル戦には、会長職の都合上参加していない状況です。しかし、麻雀最強戦などの対局には現在も参加しており、現役プロとしての矜持を保ち続けています。

数字に表れない功績

タイトル数だけでは測れない森山氏の功績として、後進の育成や麻雀界全体の発展への貢献があります。会長として新タイトル戦を企画し、麻雀対局配信に力を注ぐなど、プレイヤーとしての実績以上に、組織のトップとしての功績が際立っています。

日本プロ麻雀連盟第3代会長としての功績

「麻雀プロが食える世界」を目指して

2013年に日本プロ麻雀連盟第3代会長に就任した森山氏が掲げたビジョンは、「麻雀プロが食える世界」でした。これは単にタイトル戦の賞金を増やすだけでなく、プロ雀士という職業が社会的に認知され、経済的に自立できる環境を作ることを意味しています。

新タイトル戦の企画と実施

森山会長の主導により、日本プロ麻雀連盟では新しいタイトル戦が次々と企画されました。代表的なものとして以下があります:

  • 麻雀マスターズ:新たな主要タイトル戦として企画され、プロ雀士の活躍の場を拡大
  • プロクイーン決定戦:女流プロ雀士の活躍の場を広げ、ファン層の拡大を狙った企画

これらの新タイトル戦により、所属プロ雀士の対局機会と収入機会が増加し、「麻雀プロが食える世界」の実現に一歩近づきました。

麻雀対局配信への注力

森山会長はファン層の拡大を狙い、麻雀対局のインターネット配信にも力を注ぎました。YouTubeやニコニコ生放送などのプラットフォームを活用し、より多くの視聴者に麻雀の魅力を届ける取り組みを推進。これにより、従来のテレビ視聴者だけでなく、若い世代のファン層の開拓にも成功しつつあります。

全国12支部・約900人の組織運営

日本プロ麻雀連盟は北海道から九州まで全国12か所に支部を構え、約900人のプロ雀士が所属する日本最大のプロ麻雀団体です。この巨大組織の運営は容易ではありませんが、森山会長は有限会社麻雀ネットワークサービスの運営責任者としても手腕を発揮し、連盟の安定運営を実現しています。

Mリーグ時代における役割

2018年にMリーグが発足すると、日本プロ麻雀連盟からも多数のプロ雀士がMリーガーとして参加しました。森山会長は連盟のトップとして、所属プロがMリーグで活躍できるよう支援する立場を取っています。Mリーグという新しい舞台が生まれたことで、麻雀プロの社会的認知度と収入は大きく向上し、森山会長が目指した「麻雀プロが食える世界」の実現が一気に加速しました。

プロ雀士の地位向上への取り組み

森山会長は、麻雀プロという職業の社会的地位向上にも力を注いでいます。タイトル戦の賞金増額、メディア露出の拡大、後進育成システムの整備など、多方面から取り組みを進めています。「今の新人は100半荘さえ打たないらしい。強くなれるはずない」という発言に見られるように、実戦経験を重視した育成方針も打ち出しており、強いプロ雀士を輩出するための環境づくりに尽力しています。

歴代会長の系譜

初代会長・小島武夫氏が連盟の基盤を築き、第2代会長・灘麻太郎氏が長期にわたって組織を安定させ、そして第3代会長・森山茂和氏が「麻雀プロが食える世界」という新たなビジョンを打ち出しました。この3人の会長が築いた日本プロ麻雀連盟の歴史は、日本の競技麻雀史そのものと言っても過言ではありません。

著作と指導活動

主な著作

  • 「森山茂和の麻雀 キミも勝ち組になれる」(2003年6月14日、毎日コミュニケーションズ)ISBN 978-4839911386:森山氏の麻雀理論と勝ち方を体系的にまとめた一冊。初心者から中級者まで幅広く読まれている
  • 「麻雀 プロはこう読む テンパイ推理からツキの状態まで」(2013年5月22日、ベスト麻雀文庫)ISBN 978-4584393277:プロの読みの技術を解説した実践的な技術書。テンパイ推理やツキの読み方など、実戦で使える技術が満載

近代麻雀での連載「魁!!森山塾」

森山氏は近代麻雀オリジナル誌で「魁!!森山塾」というコーナーを担当し、後進の育成に力を注いでいます。この連載では、森山氏の長年の経験に基づいた実戦的なアドバイスが展開されており、多くの麻雀ファン・若手プロに読まれています。

若き日の近代麻雀への応募

興味深いエピソードとして、森山氏は23歳の頃に近代麻雀が募集していた麻雀論文に応募したことがあるそうです。この時期はまだプロになる前であり、麻雀への情熱と理論的な思考力は若い頃から備わっていたことが伺えます。

「100半荘打たないと強くなれない」という指導方針

森山氏の指導方針で特徴的なのは、実戦経験の重視です。「今の新人は100半荘さえ打たないらしい。強くなれるはずない」という発言に見られるように、理論だけでなく膨大な実戦経験を積むことの重要性を説いています。AI麻雀やオンライン麻雀が普及した現代においても、リアルな対面麻雀での実戦経験を重視する姿勢は、プロ雀士育成における重要な指針となっています。

読みの技術の伝承

「麻雀 プロはこう読む」という著作が示すとおり、森山氏は相手の牌を読む技術に長けています。テンパイの気配、捨て牌からの推理、ツキの流れの読み方など、デジタル麻雀の数理だけでは語れない部分を言語化し、次世代に伝える努力を続けています。

麻雀文化の継承者として

森山氏の著作活動・指導活動は、単なる技術の伝達にとどまりません。初代会長・小島武夫氏から受け継いだ「魅せる麻雀」の哲学、プロ雀士としての矜持、麻雀を愛する心——これらの精神的な部分も含めて次世代に継承する役割を担っています。

麻雀界への影響と評価

「魅せる麻雀」の系譜

森山茂和氏は、初代会長・小島武夫氏の「魅せる麻雀」という哲学を受け継ぎ、次世代へと伝える重要な役割を果たしています。効率重視のデジタル麻雀が主流となる現代においても、美しい手役・高打点のアガリ・観る人を楽しませる麻雀という価値観を体現し続けることで、麻雀のエンターテインメント性を守り続けています。

日本プロ麻雀連盟の発展

第3代会長として森山氏が推進した「麻雀プロが食える世界」というビジョンは、Mリーグの誕生とも相まって着実に実現しつつあります。新タイトル戦の企画、麻雀対局配信への注力、プロ雀士の地位向上——これらの取り組みにより、日本プロ麻雀連盟は約900人のプロ雀士が活躍する日本最大のプロ麻雀団体として成長を続けています。

Mリーグへの貢献

森山会長が率いる日本プロ麻雀連盟からは、多数のプロ雀士がMリーガーとして活躍しています。連盟で培った実力を持つプロ雀士たちがMリーグという大舞台で活躍する姿は、森山会長の育成方針と連盟運営の成果を示すものです。Mリーグの成功は、日本プロ麻雀連盟の基盤があってこそと言えるでしょう。

AI時代のプロ雀士像の提示

「AIにできない味のある切り方ができてこそプロ雀士」という森山氏の言葉は、AI全盛の時代におけるプロ雀士の存在意義を問いかけるものです。数理的な最善手だけでなく、人間らしい読み・駆け引き・エンターテインメント性——これらがプロ雀士の価値であるという主張は、麻雀界全体に大きな影響を与えています。

後進育成への情熱

「魁!!森山塾」での指導、「100半荘打たないと強くなれない」という実戦重視の育成方針——森山氏の後進育成への情熱は、次世代のプロ雀士たちに強い影響を与えています。理論と実戦の両立、麻雀への純粋な情熱、プロとしての矜持——これらを次世代に継承する役割を果たしています。

業界における評価

森山氏は麻雀界において「影の実力者」と呼ばれることもあります。派手なパフォーマンスよりも実務を重視し、日本プロ麻雀連盟という巨大組織を着実に運営する手腕は高く評価されています。プレイヤーとしての実績、会長としての功績、指導者としての貢献——多方面での活躍が、森山氏の評価を確固たるものにしています。

よくある質問(FAQ)

Q. 森山茂和は現在何歳ですか?
A. 森山茂和氏は1951年11月6日生まれで、2026年3月現在74歳です。日本プロ麻雀連盟第3代会長として精力的に活動を続けており、現役プロ雀士としても対局に臨んでいます。
Q. 「手役アーティスト」という異名の由来は何ですか?
A. 「手役アーティスト」は、森山氏がしっかりと作り上げられた美しい手役による高打点のアガリを好むスタイルから付けられた異名です。三色同順・一気通貫・チンイツなど、観る人を魅了する華やかな役を得意とし、単なる勝利ではなく「どう勝つか」にこだわる姿勢が評価されています。
Q. 森山茂和はなぜ鳳凰位戦に参加しないのですか?
A. 森山氏は日本プロ麻雀連盟会長という役職のため、会長職の多忙な業務により鳳凰位戦(連盟最高位タイトル戦)などの一部のタイトル戦に参加していないとされています。連盟の運営と約900人のプロ雀士のマネジメントに専念するため、対局機会は限定されています。
Q. 森山茂和と小島武夫の関係は?
A. 森山氏は1977年に上京後、「ミスター麻雀」こと小島武夫氏と出会い、1981年の日本プロ麻雀連盟創設に参加しました。小島氏の「魅せる麻雀」という哲学に深く影響を受け、高打点の手役を狙う華やかなスタイルを確立しました。小島氏は初代会長、森山氏は第3代会長として、連盟の歴史を紡いでいます。
Q. 森山茂和会長の麻雀界への主な貢献は?
A. 森山会長の主な貢献として、「麻雀プロが食える世界」を目指した取り組みが挙げられます。麻雀マスターズやプロクイーン決定戦など新タイトル戦の企画、麻雀対局のインターネット配信への注力、プロ雀士の地位向上への取り組みなど、多方面から麻雀界の発展に貢献しています。
Q. 森山茂和の著書で初心者におすすめは?
A. 初心者から中級者には「森山茂和の麻雀 キミも勝ち組になれる」(2003年、毎日コミュニケーションズ)がおすすめです。森山氏の麻雀理論と勝ち方が体系的にまとめられており、実践的な内容となっています。より高度な技術を学びたい方には「麻雀 プロはこう読む」もおすすめです。
Q. 日本プロ麻雀連盟の規模はどのくらいですか?
A. 日本プロ麻雀連盟は北海道から九州まで全国12か所に支部を構え、約900人のプロ雀士が所属する日本最大のプロ麻雀団体です。森山茂和会長の下、組織の運営と発展が進められており、Mリーグにも多数のプロ雀士を輩出しています。
Q. 森山茂和の「100半荘打たないと強くなれない」という発言の意味は?
A. この発言は、AI麻雀やオンライン麻雀が普及した現代においても、リアルな対面麻雀での膨大な実戦経験が強さの源泉であるという森山氏の信念を示しています。理論だけでなく、実戦を通じて培われる読み・駆け引き・メンタルの強さが、真のプロ雀士には必要だという指導方針の表れです。

まとめ

「手役アーティスト」こと森山茂和氏は、日本の麻雀界において多方面で貢献し続ける重要人物です。1951年に山口県小野田市で生まれ、専修大学で麻雀と出会い、25歳で上京してプロの道を志しました。1981年に故・小島武夫氏らが立ち上げた日本プロ麻雀連盟に創設時から参加し、同年に第9期王位を獲得してプロ雀士としてのキャリアをスタートさせました。

プロ雀士としては、第12期麻雀最強戦優勝(2000年)、MONDO麻雀プロリーグ名人戦、天空麻雀6回優勝など多数のタイトルを獲得。三色同順・一気通貫・チンイツなど、しっかりと作り上げられた美しい手役による高打点のアガリを好む雀風は、初代会長・小島武夫氏の「魅せる麻雀」という哲学を受け継ぐものです。

2013年に日本プロ麻雀連盟第3代会長に就任すると、「麻雀プロが食える世界」というビジョンを掲げ、麻雀マスターズやプロクイーン決定戦などの新タイトル戦を企画し、麻雀対局配信にも力を注ぎました。北海道から九州まで全国12か所に支部を構え、約900人が所属する日本最大のプロ麻雀団体のトップとして、麻雀界の発展をリードしています。

著作活動では「森山茂和の麻雀 キミも勝ち組になれる」「麻雀 プロはこう読む」などを執筆し、近代麻雀オリジナル誌では「魁!!森山塾」を担当するなど、後進の育成にも情熱を注いでいます。「今の新人は100半荘さえ打たないらしい。強くなれるはずない」という発言に見られるように、実戦経験の重要性を説き続けており、AI時代のプロ雀士像を提示し続けています。

プレイヤーとしての実績、会長としての功績、指導者としての貢献——多方面での活躍により、森山茂和氏は現代麻雀界において欠かすことのできない存在となっています。初代会長・小島武夫氏から受け継いだ「魅せる麻雀」の系譜を次世代へと伝え、「麻雀プロが食える世界」を実現するために——森山茂和会長の挑戦は今も続いています。

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